ナンシーの怪物──ストリートビューが隠した“人ならざるもの”

Byオオタケン

2025年10月1日

 フランス東部ナンシー市。Googleマップのストリートビューに、一棟丸ごとぼかし処理が施された建物がある。国家機密か、犯罪拠点か、それとも……。この「ナンシーの怪物」と呼ばれる奇妙な出来事は、いまなおネット上の都市伝説として語り継がれている。

ストリートビューに映り込んだ“人ならざるもの”

 2010年、ナンシーのグランジャン通り8番地(8 Rue Dr Grandjean, 54000 Nancy)をストリートビューで閲覧していた人物が、異様な存在に気づいた。

 痩せ細った体、黒ずんだ肌、裸にも見える姿、そして異常に大きな頭部。ぼさぼさの髪のようなものが垂れ、カメラを見据える大きな眼。人間のようで人間ではないシルエットに、ネットは騒然となった。

 エイリアン説、ヒューマノイド説、アート作品説、合成写真説……議論は渦巻いたが、誰もが同じ場所で確認できる以上、画像加工の線は薄いとされ、謎だけが残った。

Googleの不可解な“検閲”

 やがて、同じ場所を確認すると、バルコニーにいたその存在にはぼかしがかかっていた。さらに2016年には建物全体がぼかされ、輪郭すら見えなくなった。

以前は謎のクリーチャー?だけにボカシが入っていた

現在は家全体にボカシが入っていることが確認できるGoogleMap(ストリートビューなので景観をドラッグできる)

 Googleがなぜこれを隠したのかは不明である。アート作品や置物であれば、隠す必要はないはずだ。小さな問題を覆い隠すために大きく隠蔽したかのような処理に、陰謀論めいた想像が広がった。

正体はアートか、置物か

 この不可解な処理には二つの仮説がある。ひとつはGoogleのアルゴリズムが「裸に見える人間」と誤認し、自動的にぼかしを入れたというもの。もうひとつは、住民や建物所有者がネットの騒ぎに気づき、Googleにぼかし申請をした可能性である。申請が受理されると取り消しは困難で、賃貸物件などでは不利益が生じることもあるとされる。

 では、肝心の「クリーチャー」の正体は何か。数年後、Redditに「これと似たものを持っている」という人物が現れた。それはポリネシア製のサーフボードスタンドだったという。写真を見ると確かに酷似しており、イタリア・ブレッサノネのスケートボード用品店の店頭でも同じような置物が確認された。

 しかし、海から遠い内陸都市ナンシーでサーフボードスタンドが必要なのかという疑問は残る。

正体候補が映り込んだGoogleMap(ストリートビューなので景観をドラッグできる)

消えたブログ──怪談めいた後日談

「これで謎は解けた」と思われたが、2011年4月に投稿されたというあるブログが再び話題を呼んだ。そこには、こう書かれていた。

> 「誰か助けてくれ!この42時間で、私以外の全員が正体不明の存在にさらわれた。その存在は壁をすり抜ける……(中略)……壁の中から聞こえる叫び声は時が経つごとにますます大きくなっている。どうか、事態が悪化する前に助けてほしい。住所は……」

 記されていた住所は、まさに「ナンシーの怪物」が撮影された建物と同じだった。ブログはその後消滅し、投稿者の消息も不明のままである。

 この怪談めいた後日談は、ナンシーの怪物伝説をさらに色濃くし、都市伝説としての地位を決定づけたのだ。

現代的なミステリー

 サーフボードスタンドだったのか、それとも本当に“何か”がいたのか。建物は今もぼかされたままであり、真相は闇の中だ。

 ネットが生んだ都市伝説の中でも、ナンシーの怪物は「実在する座標」と「不可解な画像処理」が合わさった、現代ならではのミステリーといえるだろう。