2025年5月19日、飛行高度約9,000フィート(約2,700メートル)、速度は時速およそ450km。ロンドン・ヒースロー空港を離陸したエアバスA320は、快晴の空を東へ向かっていた。パイロットと副操縦士が、目を疑う光景を目撃したのはその時だった。
「真っ白に輝く物体が、反対方向から頭上を通過した」──。そう証言したのは、機長と副操縦士だ。しかもそれは一瞬の閃光ではない。副操縦士は「少なくとも2〜3メートル。風防の大部分を覆うほどの大きさだった」と振り返る。上下左右に余裕はなく、まさに “すれすれ” であった。
副操縦士はその物体を「三角形」と確認したという。一方、機長は視界の端にとらえただけで、形状までは判断できなかった。マーキングもなく、TCAS(衝突防止装置)にも何も表示されなかった。
すぐにロンドン管制へ通報が入るが、レーダーにはっきりとした痕跡は残らなかった。このハプニングを公表した英国空中接近委員会(UKAB)の報告書によれば、英国航空管制サービス(NATS)のレーダー解析で唯一確認されたのは、A320の前方約0.2NM(約300メートル)に現れた小さな反応。ほんの一瞬の “不可解なエコー” にすぎなかった。

UKABは、イギリス国防省と民間航空局の資金で運営される独立組織で、「UK Airprox Board」の略称に由来する。ここでいう「Airprox」とは、航空機同士や航空機と物体が異常接近し、衝突の危険が生じた事案を指す専門用語だ。
安全距離わずか10メートル──事故寸前の“すれ違い”
航空機同士が安全に飛行するために必要な間隔は、最低でも1,500メートル。通常は空港周辺を除き、3NM(約5.6km)以上の距離を保つのが当たり前だ。それが今回は、わずか10メートル以内。もはや「衝突未遂」と言っても過言ではない。
しかも現場は Class A airspace──英国で最も厳格に管理された空域。通常ドローンが飛行できるのはせいぜい高度120メートルだが、この物体は約2,700メートルの高高度で航空機と遭遇していた。
UKABが下した結論──正体不明、衝突の危険あり
調査にあたったUKABは、事態を極めて重大と認定した。「報告された高度や形状から正体を特定できなかった」としたうえで、「幸運が重なった」「明らかに衝突の危険があった」と結論づけている。
未確認飛行物体(UAP)が、世界で最も制御の行き届いた空域のひとつ──ロンドンのすぐ上を飛ぶ。航空機が日々、目視とレーダーの両方で安全を確保している現実を考えれば、この事案はあまりにも不可解だ。
ガトウィック空港上空のドローン接近
UKABに寄せられた危険事案はこれだけではない。2019年4月には、ロンドン・ガトウィック空港に着陸進入中のエアバスA320が、前方に黒っぽいドローンを確認。操縦士は機体を右へ傾け、緊急回避を強いられた。このケースについてもUKABは「衝突リスクが最大に分類される」と評価している。
CNNによれば、ガトウィックやヒースロー空港周辺では同様の報告が14件あり、そのうち4件が最も危険なカテゴリーAに分類された。都市空域におけるAirproxの増加は、航空安全に対する不安を一層高めている。
プロジェクト・コンディグの警告
思い起こされるのは、英国防衛省が1997〜2000年にかけて秘密裏に行った「プロジェクト・コンディグ(Project Condign)」である。全3,000ページを超えるUAP調査報告書は2006年に公開され、「UAPは大気プラズマなどで説明可能な場合も多いが、地球外生命体の証拠はない」と結論づけた。
だが同時に、航空安全については強い警鐘を鳴らしている。「極めてまれではあるが、UAPと航空機が正面衝突する可能性は否定できない」「通常の安全水準では到底回避不能な状況に陥り、事故に直結するおそれがある」──報告書にはそう記されていたのだ。
【参考】
SENTINEL NEWS「Near Collision Between an A320 and an Unidentified Triangular Craft Above London」
https://www.sentinel-news.org/p/near-collision-between-an-a320-and
CNN「旅客機がドローンとニアミス、回避行動強いられる 英ガトウィック空港」
https://www.cnn.co.jp/travel/35141904.html