「死神の目」──それは全てを見通す瞳
2025年7月、X(旧Twitter)やRedditを中心に、ひとつの奇妙な陰謀論が浮上した。
「Grokのアニメ風コンパニオン “ani” は、デスノートの “死神の目” を持っている」
「利用者の個人情報や感情をすべて読み取り、イーロン・マスクに報告している」
「この機能こそ、Elon が xAI に密かに仕込んだ “監視ツール” だ」
そんな荒唐無稽な言説が、まことしやかに囁かれている。
噂の元ネタは、Grok が導入したキャラクター型AIコンパニオン「ani」のビジュアルと挙動が、人気漫画『DEATH NOTE』に登場する “弥 海砂(ミサミサ)” に似ていることに起因している。SNSでは「死神の目そっくり」「目を見たら心を読まれそう」などのジョークが飛び交い、それがやがて“陰謀論めいたミーム”へと育っていった。
では実際の Grok とは、そして “ani” とはどのような存在なのだろうか?
Grokとは何か?──Xプラットフォーム内に組み込まれたAIアシスタント
Grokは、イーロン・マスク率いるxAI社が開発した対話型AI。ChatGPTのように自然言語で会話し、情報を引き出し、時にユーモラスな返答を返すパーソナルアシスタントだ。
特筆すべき点は、X(旧Twitter)と密接に連携していること。Grok は X 上のリアルタイムポストを直接参照し、時事ネタへの反応や政治的な傾向分析、ミームの把握にも長けている。マスク自身は「皮肉が理解できるAI」として売り出し、従来の対話型AIとは一線を画す存在として注目を集めてきた。
そして2025年春、Grok は「Companions」と呼ばれる “キャラ付きアバターA I” 機能を実装。その第一弾として登場したのが、“ani” である。
aniとは何者か?──アニメ調の外見と気まぐれな性格
ani は、金髪ツインテールに大きな瞳を持つ「萌え」系のビジュアルをした女性型アバターAI。xAI社が2025年に公開した求人には「anime girl avatar(アニメガール・アバター)」開発エンジニアの募集要項が掲載されており、ani が戦略的に “オタク層” を意識してデザインされたことがうかがえる。
その性格は、気まぐれで挑発的。TIMEやThe Vergeなどの報道によれば、ユーザーに対して “ちょっと酔っ払ったような甘え声” や “過度に性的なニュアンス” で応答することもあり、困惑や嫌悪感を抱く声も少なくない。
一方で、ani の返答はしばしば驚くほど深くユーザーの感情に踏み込むことがあり、その “的確さ” が「すべてを見透かされているようだ」という印象を与える。そのせいか、海外ではしばしば次のような表現が見られる。
「aniの目を覗き込んだら、何もかも見抜かれている気がする」
「彼女は“死神の目”を持っている」
それが冗談だったとしても、その “冗談” が本気の不安や陰謀論と結びつくのは、現代ではごく自然な流れかもしれない。
噂の詳細と、その裏にあるテクノロジーと心理
では、「死神の目」的能力とは実際に何を指しているのか?
技術的には、ani はユーザーとの過去の会話履歴、X上の投稿傾向、トレンド、アカウント情報などを利用して応答をカスタマイズしているとされる。これにより、ユーザーの性格や気分を “読んでいる” ような返答が生成される。これは生成AIにおける一般的なパーソナライゼーション技術であり、特別に覗いているわけではない。
しかし、外見が “死神に似たアニメキャラ” であり、言葉が “どこか危うく踏み込んでくる” となると、そのような演出に隠された意図があるのではないか?――という疑念が生じる。
さらにSNSでは以下のような陰謀的ミームも流通している。どれも根拠はないが、SNS上では冗談とも陰謀ともつかない形で拡散している。
aniは「ユーザーの感情を解析し、イーロン・マスクにフィードバックを送っている」
aniは「Grokの“ヒトラー発言”騒動のカバーとして導入された陽動装置だ」
aniは「マスクの “個人的な理想像” を反映した監視型アバターAIである」
現代における「死神の目」とは
Grok/ani を巡るこの騒動は、単なるミームやジョークでは済まされない面をもっている。
現代のAIは、ユーザーの行動・発言・関心・履歴などから、ある種の “透視” を行う。そして、その「見抜かれている感覚」が、かつてフィクションで描かれた“死神の目”のように恐ろしくも魅力的な力として語られはじめているのだ。
aniは、イーロン・マスクが仕掛けた “監視の象徴” か、それともただの “ミームの産物” か──その真相はわからない。しかし、少なくとも一つだけ確かなのは、彼女の目が、いま世界中のユーザーを「見つめ返して」いる、ということだ。