“かわいい”×”トラウマ”の最終形『タコピーの原罪』――なぜ今、世界が「タコピー」に夢中なのか?

By日曜版 編集部

2025年7月11日

SNSで大反響!ピンクのタコが世界を席巻

 6月28日午前0時。Netflix等で配信開始された瞬間から、SNSのタイムラインではピンク色のタコ型宇宙人が踊り続けている。「タコピー可愛すぎて無理」「でも内容がエグい」「涙が止まらない」──相反する感想が飛び交う中、『タコピーの原罪』が世界規模で再び注目を集めている。

 タイザン5が『少年ジャンプ+』で全16話を駆け抜けてから3年。上下巻に凝縮された”原罪”はついにアニメ化され、Netflix、ABEMA等主要プラットフォームで世界同時配信となった。この作品がなぜ今、これほどまでに話題沸騰中なのか。

宇宙の「ハッピー星」から来た危険な善意

物語の中心となるのは、宇宙の「ハッピー星」から来たタコ型宇宙人・タコピー(本名:んうえいぬkf)だ。「地球をハッピーにする」という純粋な使命を背負い、笑顔を失った小学生しずかちゃんを救おうとする。しかし、その無垢な善意が皮肉にも悲劇を招いてしまう。

 普段は手のひらサイズの愛らしいフォルムに大きな瞳、語尾に「〜っピ」を付ける話し方が特徴的なタコピー。その装備は望む未来を”撮影”できるハッピーカメラ、どんな相手も仲直りさせる仲直りリボン、時間を巻き戻す道具など、まさにドラえもんの「ひみつ道具」を彷彿とさせる万能ぶりだ。

 だが、超ポジティブで悪意という概念をほとんど理解しないタコピーの行動は、現実世界の複雑さの前では時に残酷な結果を生む。ここに、この作品の核心がある。

時代が求める「感情インフラ」としての機能

 若い視聴者が本作に見いだす魅力は、単なるショックバリューではない。この現象を説明するキーワードが「感情インフラ」だ。道路や水道のように、作品群が人々の感情を安全に揺さぶり、流し、循環させる基盤──配信モデルの常時接続性が、その往来を時間差なしに世界規模へ拡張した。

 視聴者はスマホ一つで「いま一番つらいシーン」を共有し、タイムラインのざわめきで自分の動揺を相対化できる。タコピーの”原罪”は一人きりでは抱えきれない重さだが、ネット越しの「わかる」「つらい」がリアルタイムで流通することで、疑似的なクッションと昇華が生まれる。

 従来の「鬱アニメ」が個人の絶望で完結していたのに対し、『タコピーの原罪』は痛みを共有し、みんなで昇華する新しいスタイルを確立している。視聴後の人々は痛みを共有し、語り合い、二次創作で「もしも」の世界を創造しながら前に進んでいく。

現代社会とシンクロする「絶望のリアリズム」

 長引く景気停滞、先の見えない国際情勢、パンデミック後に残る漠然とした不安──「世界は理不尽に崩れるかもしれない」という感覚が現実に漂う今、「善意でも世界は救えない」という冷酷なリアリズムは若者の肌感覚と奇妙に解像度が合う。

 ドラえもん的ユートピアの時代は終わり、私たちは「善意の限界」と向き合わなければならない。トラウマを完全に癒やす処方箋は提示されないまま悲劇は終わる。それでも視聴後の人々は痛みを共有し、語り合い、そして前に進んでいく。

問いかけられる「幸せ」の意味

 『タコピーの原罪』は単なる娯楽作品ではない。視聴者一人ひとりに「あなたにとって幸せとは何か」「善意が裏目に出た経験はないか」「タコピーの行動をあなたならどう判断するか」といった根本的な問いを投げかけている。

 『タコピーの原罪』はドラえもん的ユートピアの裏側を一息で突き破り、鬱アニメの系譜に新たな血を注ぎ込んだ。その残酷さは決して軽い娯楽ではない。しかし若者たちはむしろそこに「使い道のある痛み」を感じ取り、不安や苛立ちを流し込む”感情インフラ”として享受している。

 タコピーが差し出すハッピー道具は危うい。でも、その後始末を引き受けながら歩いていくのは、スクリーンのこちら側にいる私たちなのかもしれない。

 現在Netflix、ABEMA等で配信中の本作。あなたはハッピー星人の”原罪”を目撃する準備はできているだろうか――

「友好的宇宙人」神話への痛烈な皮肉

 タコピーというキャラクターを理解する上で重要なのは、UFO文化史における「友好的宇宙人」の系譜だ。1950年代のアメリカでは、ジョージ・アダムスキーを筆頭に「宇宙の兄弟(スペース・ブラザーズ)は地球の核戦争を憂い、愛と平和の哲学を伝えに来た」と語る人々が続出した。アダムスキーの著書『空飛ぶ円盤実見記』はベストセラーとなり、宇宙人=愛と平和の使者という図式を世界に広めた。
 しかし1960年代後半、ベティ&バーニー・ヒル夫妻の拉致体験を嚆矢とする「エイリアン・アブダクション」事例が注目されると、宇宙人イメージは友好的な「宇宙の兄弟」から無慈悲な誘拐者へと一変する。
 タコピーは、この変遷を踏まえた上で登場した新しい宇宙人像と言える。善良だが結果的に悲劇を招く存在として描かれることで、「善良なスペース・ブラザーズ神話」への痛烈な皮肉を込めているのではないだろうか。